「日本の町」(丸谷才一・山崎正和著、文春文庫、1994年)

書籍+移住への視点

単行本が出版された1987年に著者二人が歩いた8つの町についての語り

8つの町(金沢、小樽、宇和島、長崎、西宮 芦屋、弘前、松江、東京)の今(1987年だけど)とそれ以前の歴史について、実際にそれぞれの町を歩いた後に著者二人が楽しい対談を繰り広げている。
そこには、ただ楽しいだけでなく、二人の知識の広さと教養の深さから見えてくる町がある。
例えば、長崎についての対談では、次のような感じ。

丸谷)十八世紀の半ば、清の王鵬という人が日本に来て、長崎についての日本事情の本を書いた。その中で長崎の四季を論じたところがあって、四季を通じて暖かい、雨は時を定めない、雨が降ると必ず東風が吹く、と書いてます。

p97 長崎

こんな感じの奥深い対談の中で、私が面白いと思うのは、長崎の町と人について触れられた次のようなやりとり。

丸谷)まあ、あそこは徳川幕府と長崎の町人と、それから紅毛人の三者が協力してつくった町というわけなんでしょうね。その三者のしかるべき話し合いもなんにもなく…。その話し合いのなさが非常に露骨に出ている町ですね。
山崎)本当にね。それは言い得て妙ですな。(笑)ですから、人口四十万人という大都市にもかかわらず、おそらく日本の都市の中で最も自然発生的で、そのことをちっとも恥じていないという感じですね。それは一つには、町の歴史というものを長崎の人々が非常に誇りに思っているからでしょうね。日本で一番ユニークな町なんだと思っている。そのプライドの強さが、あの町の混乱状態をちっとも制御しないことになったと思いますね。

p106 長崎

私がこのやりとりを面白いと感じる理由は、次の視点からだと思う。
この対談がなされた当時(1987年)、長崎に住む人々は長崎の町を肯定的に捉えていて、その頃、私は長崎で子供時代を過ごしていて、数年後に長崎から転出した。
その後、この対談から約40年の月日が経った今、長崎の町や人は同じだろうか?、それとも変わっただろうか?、変わったのであれば、どう変わっただろうか?という視点が、長崎を移住先として考えるときに自然に湧いてくるからだと思う。

プロフィール
藹然として移住に挑戦中

これまでの経験+新しい学びで地方都市 長崎への移住と不動産業の開業を目指しています。私が長崎での住まいや仕事を検討するために確認したデータや考え方、実際に移住する中で得た知見や経験を掲載します。同じ長崎や地方都市への移住を考えている方のお役に立ったり、情報交換ができると嬉しいです。

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