長崎・時層探索(N-Time Stratum)

公園の紅葉したナンキンハゼ

「時層」の街、長崎。〜見えない景色を、想像する旅へ〜

耳慣れない言葉、時層じそう
それは、時間の重なり
長崎という土地には、目に見える現在だけでなく、過去の記憶が層のように重なっている

これから、いつ頃の人口に戻っていくのか

「人口が減る=寂れる」ではなく、街がかつての姿に戻る過程で、見えなくなっていた「土地の記憶」が再び顔を出すのではないか?
それを遠くから眺めているのではなく、その地に身を投じて、観てみたいと思った

※実績値(〜2023年):長崎市オープンデータより。明治22年から昭和14年までは寄留簿・戸籍簿による現在人口、昭和21年から昭和39年までは配給人口、昭和40年以降は国勢調査に基づく推計人口。
※推計値(2025年〜):国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」より。

現在とかつての長崎の街の姿(時層写真)

No.7 長崎港と市街のパノラマ(1863年頃)1863年頃⇄ 今昔比較

No.7 長崎港と市街のパノラマ(1863年頃)

No.6 夫婦川町の春徳寺(1863年)1863年⇄ 今昔比較

No.6 夫婦川町の春徳寺(1863年)

No.5 長与町丸田郷(2025年11月)2025年11月

No.5 長与町丸田郷(2025年11月)

No.4 麹屋町(1860年)1860年⇄ 今昔比較

No.4 麹屋町(1860年)

No.3 鍋冠山公園からの長崎港(1867-1868年)1867-1868年⇄ 今昔比較

No.3 鍋冠山公園からの長崎港(1867-1868年)

No.2:立山1丁目(2025年11月)2025年11月

No.2:立山1丁目(2025年11月)

No.1:田手原町(2025年10月)2025年10月

No.1:田手原町(2025年10月)

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実家のアルバムや押し入れに、明治〜昭和(特に1950年代〜70年代)の長崎の街並みや風景が写った写真はありませんか?
個人の記憶の中に眠っている「長崎の街の姿」を、長崎への移住を検討している方に向けた当ウェブサイトで共有したいと思っています。

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